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加古川 親族7人殺害事件 [法廷だより]

今日(4月9日)久し振りに神戸地裁へ行った。
傍聴する公判は加古川で起こった事件「親族7人殺害事件」である。

この事件(今回同行した「お仕事仲間」のAさんも同様であるが)、
つい半年ほど前に起こった事件だと思っていたが、実際は5年前の事件だった。


【事件のあらまし】
平成16年8月2日午前3時頃、兵庫県加古川市の無職藤城康孝(当時47歳)は、
自宅東隣の伯母・藤城とし子さん(当時80歳)宅に上がりこみ、
とし子さん等3人を刃物で滅多刺しして殺害。

続いて、西隣の藤城利彦さん(当時64歳)宅に侵入。
同様に利彦さんとその妻(当時64歳)、長女(当時24歳)を殺害。
この騒ぎで、近所に住む長男(当時27歳)が駆けつけて来たところを同様に殺害。

僅か1時間で7人を殺害した藤城は、自宅に火をつけて放火。
自分もこの放火で火傷を負ったが車に乗り込み逃走を図ったが、
その途中自損事故を起こして警察に身柄を拘束された。

神戸地検は、藤城が10代の時に精神疾患で通院していた病歴があったため簡易精神鑑定を実施。その結果、刑事責任追及に問題がないと判断し、殺人、同未遂及び放火の容疑で起訴した。

-藤城康孝の生い立ち-
藤城は、小学生の頃から乱暴者として近所に知られていた。
弟や妹を革ベルトで叩いたり、ナイフを持ち歩いていたという。
中学生になっても暴力沙汰は日常茶飯事で、
このため両親は矯正を期待して全寮制の高校に進学させた。
だが、高校卒業も素行は治らず、仕事はどれも長続きしなかった。

近所では、畑仕事している主婦に向かってブロックを投げ込んだり、
洗車している人に水が流れ込むと言って胸ぐらを掴んで殴ったりと暴力沙汰は続いた。
更には、人と目が合っただけで「殺すぞ」と脅され、包丁を持って追い掛け回したりしたこともあった。

そこで、近所の人達は警察に相談したが、
警察は、「地域で解決してほしい」と門前払いだった。
殺された利彦さんは仕事仲間に、
「いずれ康孝に殺されるかもしれない」と洩らしていたと言う。

康孝の実父も、「あんな息子と暮らしていたら殺される」と言って
家を出て行ったほどであった。だが、母親は康孝を常に庇い溺愛していたという。

-犯行の動機-
殺された伯母のとし子さん宅は本家にあたり、康孝の家は分家にあたる。
康孝は、とし子さんの亡夫(康孝の父親の兄)と父親との間の相続で恨みを抱いていた。
土地や資産など本家と分家との差を執拗に恨み犯行に至ったとされる。
また、定職も就かず狭い社会の中で、康孝は「近所の者は、自分を馬鹿にしている。
邪魔者扱いしている」と邪推。被害妄想を膨らませた末の犯行とも言えた。
その点で、戦前に起きた「津山30人殺し事件」の都井睦雄をイメージさせる。

(津山30人殺し事件は、当ブログの後半で解説)


この様な「殺人鬼容疑者」のツラ構えを見たさに神戸地検に行ったのだが、
ご多聞に漏れず被告の立ち姿は「普通の市民」であった。

(にわか法廷画家作)
     
      藤城康孝.JPG

今日の法廷(最終弁論)の環境
判事3名、検事1名、弁護士3名、研修生6名、警備官(?正式名称不案内)3名。

3名の弁護団は、入れ替わり立ち代わりしながら、
約100頁になんなんとする資料を早口でまくし立てる。

裁判員制度が始まったら、もう少し要点を絞ったプレゼンが必要だろう。

要は、犯行時点での被告の精神的障害を採るか、採らないかで刑罰は大きく変わる。
即ち「無罪」か「死刑」である。

犯行の原因は、被告が生い立ちの頃から感じていた「屈辱的な隣人関係」が、
彼の「言語障害」もあいまって「妄想的障害」へと発展し、
「自分のテリトリーに彼らが近寄って来て、自分を見張っていて、悪さをする」
「迫害され、疎んじられている」と言う妄想がピークに達した時にトラブルが発生した。

「皆を殺しているときは、『イメージ』の中でやっていて、
やっているときは何も考えなかった。
ヒトを殺しているとき、悪いことをしているという感覚はなかった。
あれだけ追い詰められたら、誰でもやるで・・・、アンタでもやるやろ」

弁護人は、この裁判で実施された二つの「精神鑑定」の詳細を解説しながら、
一方でその矛盾を突くという戦法に出た。

対象はヤマグチ鑑定とヤマガミ鑑定である。
主任弁護士曰く、
「現在は従来の独逸式精神医学から米国式のそれに移行する過程であり、
 両者が入り混じっている中での鑑定である」

そして「7人殺したら当然死刑だ・・・という世間一般的な傾向に捕らわれずに、
『被告が犯した罪に応じた罪刑を科して欲しい』という事であった。

犯行時点の「精神障害」を認めるか否かで、判決は無罪か死刑かに分かれる可能性が有る。

裁判員制度の開始が来月に迫った4月、悩みが多い公判の内容であった。

私はこの事件、今回の公判を聞きながら、いわゆる「八つ墓村事件」を思い出した。


津山30人殺し事件(横溝正史著「八つ墓村」の材料となった事件)
-経緯-
昭和13年5月21日午前2時頃、岡山県苫田郡西加茂村(現在津山市加茂町行重)で
肺患を苦に極度な神経衰弱に陥った同部落の都井睦雄(当時22歳)が、
猟銃や日本刀で祖母を皮切りに部落民を次々に襲撃。
結果、30人を殺害、3人に重軽傷を負わせて近くの山に逃走した。

同日午前11時30分頃、警察や消防、地元の青年団約1500人余りが
大規模な山狩りを行っていたところ、
同村青山の荒坂峠付近で猟銃で自殺している都井を発見。
自宅から2通、自殺現場から1通の合計3通の遺書が発見された。

同村の全戸数は約380戸、人口約2000人で貝尾部落は全戸数22戸、
人口111人。山奥の平和な農山の部落に突如惨劇が降ってきた。
30人殺害は戦前、戦後を通じて他に類を見ない大量殺人事件として語り継がれている。

-生い立ちと背景-
都井は大正6年3月5日に同村大字倉見部落で出生。
農業を営む温和な父親と母親、3つ歳上の姉の4人家族。
裕福とは言えないまでも中農で不自由ない生活振りであった。

だが、大正7年都井が2歳の時に父親が肺結核で死亡。
翌年の大正8年には母親が同じく肺結核で死亡。
幼くして両親を失った都井は父親方の祖母いね(事件当時76歳)に姉と一緒に引き取られた。

都井は、以前部落の人から駐在所に
「都井が不穏な動きをしている。猟銃をもってウロウロしている」と密告され、
警察から厳重注意を受けて猟銃を取り上げられたことがあった。
都井自身も、「肺結核でいつ死ぬか分からない」という焦りから、
俺を馬鹿にした連中を早く殺さねばならないと犯行準備を急いだ。


この事件はいずれも「被害妄想」が招いた大量殺人事件である。
犯行者の精神状態もさることながら、問題は「被害妄想」の種である。

私は久し振りの神戸地裁で、開廷13:30、閉廷16:00という長丁場の公判を傍聴した。

弁護団の弁論開始後15分頃に、裁判長は睡魔を追い払いながらウトウト状態に入り、
ナマ欠伸をしながら「マズイ」と思ったのか、
瞼を思いっきり閉じたり開いたりして刺激を与えていた。

法廷の「記者席」に座った若い記者の一人は、途中身体を傾けて完全に熟睡していた。

こんなことで、君達は我々素人の「裁判員」をリードできるのか?

判決は5月29日。
今日睡魔と闘っていた裁判長はどの様な判決を下すのだろうか?
時間が許す限り傍聴したいと思っている。無罪か死刑か・・はたまた・・・。

裁判員制度のケーススタディーとして(重いけど)、考える価値のある裁判である。

尚、2時間半の公判の間、被告は静かに目を閉じ、
両膝に置いた手のこぶしを軽く握り背筋を伸ばして端座していた。
それはまるで修行僧が座禅を組んでいるような雰囲気があった。
そしてこの長い公判中、この様な姿勢を保っていたのは法廷の中では唯一被告だけであり、
そのことは被告の(現在の)精神鑑定の材料となるであろう。


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お仕事仲間

裁判を傍聴していつも思うのは、事件は起こるべくして起こっている。

今回も殺された利彦氏が、『このままでは殺される』と言っていた。その通りに事件が起こった。

その時点で、当被告の精神鑑定とかが行われていれば、この事件は防げたと思う。
しかし、現在の人権尊重(私は行過ぎと思う)を意識する余り、精神鑑定を強制出来ないのでやむを得ないことであることは理解している。

ストーカー、DVしかりである。 届け出ても事件が起こらない限り、警察は何もしない。 否、出来ないのだ。
このままでは、この種の痛ましい事件は無くならないだろう。

自己防衛あるのみ! でも、予測が付かない突然や子どもや幼児に向けられると防ぎようがない。 否な世の中だ。

尚、筆者は、『死刑か無罪』と書いているが、私は、限定責任能力が認められ、死刑では無く無期懲役もしくは長期の懲役刑になると思っています。

この様な大量殺人が精神疾患の基に行われたので責任能力は無いと『無罪』になることは私は個人的に受け入れられない。 殺された人はたまったものでない。 これは世間一般の感覚であると思うが?

この種の事件は、5月21日から始まる裁判員制度で裁くのは相応しくないでしょう。
by お仕事仲間 (2009-04-10 13:17) 

敏 悌次

お仕事仲間さん 今日は。

私の予想では「死刑」です。被告は言語障害があるかもしれませんが、事件当時も現在も判断能力はあると見ました。法廷での態度で分かりました。

>この種の事件は、5月21日から始まる裁判員制度で裁くのは相応しくないでしょう。

この種の裁判も避けて通れないと思いますよ。

by 敏 悌次 (2009-04-10 15:17) 

お仕事仲間

>事件当時も現在も判断能力はあると見ました。法廷での態度で分かりました。

私は逆に微動だにしないでじっと聞き入っている態度こそ異常だと思っています。

本当に正常な精神なら2時間半に及び自分のことに付いて述べられていることが耐えられないと思うのですが?

あのじっと聞き入る態度は、事件から5年経っても反省し自責の念を感じているとは到底思えませんでした。

今尚、弁護人が言うように、あの事件は正当防衛だと思っているとしか思えません。
by お仕事仲間 (2009-04-12 06:29) 

敏 悌次

お仕事仲間さん お早うございます。

>微動だにしないでじっと聞き入っている態度こそ異常だと思っています

私には、その様な異常者を見た経験は有りません。
by 敏 悌次 (2009-04-12 09:51) 

みなみー

↑ このような真摯な会話のあとに、コメントが書けません(^▽^;)

by みなみー (2009-04-13 08:42) 

敏 悌次

みまみーさん お早うございます。

>このような真摯な会話のあとに、コメントが書けません

これも立派なコメントです、真摯じゃなくて淑女からの・・・。
by 敏 悌次 (2009-04-14 09:08) 

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